男に愛されるということ

閉店前のデパートの食料品売場はいつも混雑している。

 

佐々木美奈代が調味料コーナーに向かうと、ちょうど通路を塞ぐような形で若い男が香辛料を吟味していた。

 

美奈代も香辛料を買いに来たのである。

 

男は、狭い通路をすり抜けることができなくて立往生している美奈代に気づいた。

 

「ああ、すみません。」

 

男は立って通路を開けた。

 

長身で、彫りの深い、いいマスクをしていた。

 

手に2、3本の小瓶を持っている。

 

美奈代はどこかアンバランスな取り合わせにクスッと笑った。

 

「お料理なさるんですか?」

 

「ええ、まあ。」

 

男は曖昧な返事をした。

 

そこへ通路の向こうから、

 

「トクちゃん、見つかった?」

 

とその男に呼びかける女の声がした。

 

美奈代がそちらを見ると、ショートヘアでスーツ姿の女性が立っていた。

 

一見してビジネスパーソンらしいと分かる。

 

トクちゃんと呼ばれた男は手にした瓶を軽く振って見せて、その女性の方へ歩いていった。

 

美奈代は軽くため息をついた。

 

いい男は必ず結婚している。

 

あの女性も、キャリアだけでなくあんないい男を手に入れてどんなにか幸せだろう。

 

でも、私には無理。

 

結婚はおろか、男に愛されるということも、この先ないのではないか。

 

店員に合計金額を告げられると、金を出しながら、

 

「領収書をお願いします。」

 

と女の方が言った。

 

そして、

 

「お名前の方は?」と問う店員に、

 

「『株式会社煙突屋』で。」

 

と答えた。

 

「煙突屋」?なんて風変わりな名前なのだろう。

 

美奈代は思った。

 

そのうちに二人の姿は、たちまち人混みに紛れて見えなくなってしまった。