遠くに鳥のさえずり

「憶えてますか。

 

初めてお会いしたときのことを」

 

「はい、忘れることなどできません」

 

「それなら、おわかりでしょう。

 

私が、あなたの匂いを嗅ぎたいと思っていることを」

 

そこばかりではなかったのです。

 

あの方は、わたくしの肢体のすべてに、あますところなく、鼻を押しつけて匂いを嗅いだのでした。

 

初めてお会いしたホテルの部屋でそうしたように。

 

「少し、紐を緩めてもらいましょうか。

 

ずっとその姿勢では辛いでしょう?」

 

「ええ……」

 

「足首のほうは、ほどかなくていいんですかい?」

 

「そのままで、かまわないよ」

 

「色っぽい最中に呼ばれたんじゃかなわねえから、ほどき方を教えときやしょう」

 

「いや、必要ないんだ。

 

最後に全部ほどいてもらえばいい」

 

「そうですかい?」

 

背中を少し丸めた楽な姿勢になると、ほっとため息が洩れました。

 

「恥ずかしい思いをさせましたね」

 

「いいえ」

 

ふたりきりになった和室は静かで、遠くに鳥のさえずりが聞こえていました。

 

「もう、一時間ほどは、大丈夫でしょうね」

 

「はい、大丈夫です」

 

「私ばかりがいい思いをさせてもらってはあなたに悪い」

 

「そんなこと、ありませんわ」

 

だって、わたくしは……。

 

思い出したくないことを思い出してしまいました。

 

わたくしが、今日ここにきているのは、アルバイトなのです。

 

でも、本当はお金のために来たのではありません。

 

もう一度、お会いしたくて……。